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新人間革命に学ぶ

新人間革命での池田先生のご指導に学ぶブログです。

新人間革命 大山(66)|2017年3月21日

法主・日達をはじめ、僧たちを送った山本伸一は、別室に入ると、妻の峯子に、和紙と硯、墨、筆を用意してもらった。創価学会の歴史に大きな足跡を刻むであろうこの日の、わが誓いと、弟子たちへの思いを、書として認めておきたかったのである。 既に揮毫の文…

新人間革命 大山(65)|2017年3月20日

山本伸一のあいさつに与えられた時間は、十分にも満たなかった。 これまで本部総会では、伸一から広宣流布の遠大な未来構想や希望の指針が示され、また、社会、世界の直面するテーマに対して解決の方途を示す提言が発表されることも少なくなかった。さらに、…

新人間革命 大山(64)|2017年3月18日

山本伸一は、日本の広宣流布の揺るぎない基盤をつくり、各国・地域に仏法の種子を下ろし、幸福の緑野を世界に広げてきた。 学会の組織の布陣も、高等部、中等部、少年・少女部を誕生させ、広範な文化運動を推進するために、教育・国際・文芸の各部も設置した…

新人間革命 大山(63)|2017年3月17日

山本伸一の落ち着いた力強い声が、場内に響いた。 「私は、十九歳で信仰いたしました。以来、今日まで約三十年間、病弱であった私が入院一つせず、広宣流布のために戦ってくることができました!」 そして、それこそが、御本尊の威光の証明であることを訴え…

新人間革命 大山(62)|2017年3月16日

この日の総会には、いつもの学会の会合に見られる、あの弾けるような生命の躍動も歓喜もなかった。広がる青空とは裏腹に、暗鬱な雲が皆の心を覆っていた。 運営にあたる幹部らは、僧たちを刺激するまいと、腫れ物に触るように、彼らの顔色に一喜一憂していた…

新人間革命 大山(61)|2017年3月15日

山本伸一は、前年の一九七八年(昭和五十三年)七月三日、男子部歌「友よ起て」を作詞・作曲して、後継の青年たちに贈った。 〽広布のロマンを 一筋に 打てよ鳴らせよ 七つの鐘を やがては誉れの 凱歌の世紀 花に吹雪に 友よ起て その歌詞にあるように、「七…

新人間革命 大山(60)|2017年3月14日

山本伸一は、しみじみと思うのであった。 “戸田先生は、私という一人の真正の弟子を残した。全生命を注ぎ尽くして、仏法を、信心を教え、万般の学問を授け、将軍学を、人間学を伝授し、訓練に訓練を重ねてくださった。また、先生の事業が破綻し、烈風に立ち…

新人間革命 大山(59)|2017年3月13日

一九五一年(昭和二十六年)の一月六日、万策尽きた戸田城聖が書類整理をしながら語った言葉は、山本伸一には“大楠公”に歌われた楠木正成の心情と重なるのであった。 正成涙を打ち払い 我子正行呼び寄せて 父は兵庫に赴かん 彼方の浦にて討死せん いましはこ…

新人間革命 大山(58)|2017年3月11日

戸田城聖の目は、広宣流布の未来を見すえていた。その未来へ、創価の魂の水脈を流れ通わせるために、彼は、山本伸一という一人の弟子に、後継者として一切を託そうとしていたのである。 伸一には、その師の気持ちが痛いほどわかった。戸田は、再確認するよう…

新人間革命 大山(57)|2017年3月10日

学会は、「創価学会仏」なればこそ、永遠なる後継の流れをつくり、広宣流布の大使命を果たし続けなければならない。 山本伸一は、強く自分に言い聞かせた。 “断じて、人材の大河を開いてみせる!” 彼は、一九五一年(昭和二十六年)の一月六日、恩師・戸田城…

新人間革命 大山(56)|2017年3月9日

法華経の不軽品に、「威音王仏」という名前の仏が登場する。この仏は、一人を指すのではない。最初の威音王仏の入滅後、次に現れた仏も「威音王仏」といった。そして「是くの如く次第に二万億の仏有し、皆同一の号なり」(法華経五五六ページ)と記されてい…

新人間革命 大山(55)|2017年3月8日

山本伸一は、静岡研修道場で、世界の平和を推進するために、各国の指導者、識者らとの今後の交流や、文明・宗教間の対話をいかにして進めるべきかなど、深い思索を重ねていった。また、その間に、学生部や婦人部、地元・静岡県の代表とも懇談の機会をもち、…

新人間革命 大山(54)|2017年3月7日

最後に十条潔は、胸の思いをありのままに語っていった。 「私自身、山本先生のこれまでの指導を深く心に刻み、模範の実践を展開していくとともに、組織の最前線で戦ってこられた皆さんから、信心を学んでまいります。 したがって、どうか会長だからといって…

新人間革命 大山(53)|2017年3月6日

新人間革命 大山(53)山本伸一に続いて、最後に新会長の十条潔がマイクに向かった。彼は、率直に自身の心境を語っていった。

新人間革命 大山(52)|2017年3月4日

山本伸一の言葉には、次第に熱がこもっていった。 「広布の旅路には、さまざまな出来事がある。変遷もある。幹部の交代だって当然あります。そんなことに一喜一憂するのではなく、ひたすら広宣流布に邁進していくんです。それが学会精神ではないですか! 『…

新人間革命 大山(51)|2017年3月3日

本部幹部会で山本伸一は、新会長の十条潔の登壇に先立ってあいさつした。マイクに向かうと、皆、緊張した面持ちで凝視した。 「そんな怖い顔で睨みつけないで。新会長誕生のお祝いなんだから。それに、私も十九年間、会長として頑張ってきたんですから、笑顔…

新人間革命 大山(50)|2017年3月2日

激動の一夜が明けた四月二十五日――「聖教新聞」一面で、「“七つの鐘”を総仕上げし新体制へ」との見出しで、新会長に十条潔、新理事長に森川一正が就任し、学会は新体制で出発することが発表された。また、会長を辞任した山本伸一は名誉会長となり、併せて宗…

新人間革命 大山(49)|2017年3月1日

四月二十四日の夜更け、山本伸一は日記帳を開いた。この一日の出来事が、次々に頭に浮かび、万感の思いが込み上げてくる。 “本来ならば、二十一世紀への新たな希望の出発となるべき日が、あまりにも暗い一日となってしまった。県長会の参加者も皆、沈痛な表…

新人間革命 大山(48)|2017年2月28日

山本伸一が聖教新聞社を出て、自宅に向かったのは、午後十時前のことであった。 空は雲に覆われ、月も星も隠れていた。 これで人生ドラマの第一幕は終わったと思うと、深い感慨が胸に込み上げてくる。 すべては、広布と学会の未来を、僧俗和合を、愛するわが…

新人間革命 大山(47)|2017年2月27日

山本伸一は、記者団の質問に答えて、今後の自身の行動について語っていった。 「学会としては、世界の平和をめざし、仏法を基調として、さらに幅広い平和運動、教育・文化運動等を展開していきます。私は、その活動に時間をあて、行動していきたいと考えてい…

新人間革命 大山(46)|2017年2月25日

十条潔は、緊張した面持ちで新会長としての抱負を語った。 「山本第三代会長の後を受けまして、新しい制度による出発となりました。これまでに山本会長は、学会の運営は皆で行っていけるように、十分に指導してくださいました。これからも、学会の進み方に変…

新人間革命 大山(45)|2017年2月24日

県長会等のあとも、山本伸一は新宿文化会館にとどまり、彼の辞任にいちばん衝撃を受けている婦人部の代表と懇談して励ました。また、来客の予定があり、その応対にも時間を費やした。 夜には、創価学会として記者会見を行うことになっていたが、既に新聞各紙…

新人間革命 大山(44)|2017年2月23日

二十四日の総務会で制定された「創価学会会則」は、学会が宗教団体として、どのように宗教活動をしていくのか、また、どのように会員を教化育成していくのか、さらに、そのために組織をどのように運営していくのかなど、原則的な事項を定めたものである。つ…

新人間革命 大山(43)|2017年2月22日

会場の中央にいた男性が立ち上がった。まだ三十代の東北方面の県長である。彼は、県長会の参加者に怒りをぶつけるかのように、声を張り上げて訴えた。 「皆さんは、先生が辞任されるということを前提に話をしている。私は、おかしいと思う。そのこと自体が、…

新人間革命 大山(42)|2017年2月21日

山本伸一は、力強い口調で語り始めた。 「これからは、新会長を中心に、みんなの力で、新しい学会を創っていくんだ。私は、じっと見守っています。悲しむことなんか、何もないよ。壮大な船出なんだから」 会場から声があがった。 「先生! 辞めないでくださ…

新人間革命 大山(41)|2017年2月20日

県長会のメンバーは、十条潔の説明で、山本伸一が会長辞任を決意した理由はわかったが、心の整理がつかなかった。 十条は話を続けた。 「先生は、この際、創価学会の会長だけでなく、法華講総講頭の辞任も宗門に申し出られました。こちらの方は、宗門との間…

新人間革命 大山(40)|2017年2月18日

山本伸一の会長辞任は、あまりにも突然の発表であり、県長会参加者は戸惑いを隠せなかった。皆、“山本先生は宗門の学会攻撃を収めるために、一切の責任を背負って辞任された”と思った。だから、十条潔から“勇退”と聞かされても、納得しかねるのだ。 宗門との…

新人間革命 大山(39)|2017年2月17日

未来を展望する時、社会も、学会も、ますます多様化していくにちがいない。したがって、山本伸一は、これまで以上に、さまざまな意見を汲み上げ、合議による集団指導体制によって学会を牽引していくべきであると考えていた。もちろん会長はその要となるが、…

新人間革命 大山(38)|2017年2月16日

四月二十四日午前十時、東京・新宿文化会館で県長会が開催された。同会館は、信濃町の学会本部、聖教新聞社からも、徒歩十分ほどのところにある。統一地方選挙の支援活動を大勝利で終え、全国から集ってきた参加者の表情は晴れやかであった。 まだ、会場に山…

新人間革命 大山(37)|2017年2月15日

偉業は、継続のなかにある。真の大業は、何代もの後継の人があってこそ、成就するものだ。 山本伸一は、さらに所感で述べていった。 「ここで大事なことは、広宣流布は、不断の永続革命であるがゆえに、後に続く人びとに、どのように、この松明を継承させて…

新人間革命 大山(36)|2017年2月14日

新人間革命 大山36 山本伸一は、人類の危機が現実化しつつあるなかで、地涌の菩薩の連帯は世界九十数カ国に広がり、日蓮仏法が唯一の希望となっていることに言及し、未来への展望に触れた。 「いまだ世界にわたる平和と文化の実現は、緒についたばかりの段階…

小説「新・人間革命」第30巻 大山の章 新年号からスタート

世界広布誓願の11・18創立記念勤行会の席上、小説「新・人間革命」第30巻、大山の章が新年号、つまり、聖教新聞2017年(平成29年)1月号からスタートすることが発表されました(聖教新聞 2016年11月19日付)。 大山の章を読み進めるに連れ、創価大学…

新人間革命 大山(35)|2017年2月11日

山本伸一は、四月二十四日付の「聖教新聞」一面に所感「『七つの鐘』終了に当たって」と題する一文を発表した。 これは、学会の首脳幹部と検討して、決まったことであった。 彼は、学会が目標としてきた「七つの鐘」の終了にあたり、苦楽を分かち合って戦っ…

新人間革命 大山(34)|2017年2月10日

四月二十二日、山本伸一は総本山に足を運んだ。日達法主と面会するためである。 うららかな午後であった。澄んだ空に、富士が堂々とそびえていた。雪を被った頂の近くに雲が浮かんでいる。山頂は、風雪なのかもしれない。しかし、微動だにせぬ富士の雄姿に、…

新人間革命 大山(33)|2017年2月9日

山本伸一は、今こそ、平和の礎となる、仏法から発する生命の尊厳と平等の哲理を世界に伝え、広め、二十一世紀の時代精神としなければならないと決意していた。 彼は、「聖教新聞」の創刊二十八周年にあたる四月二十日には、インドの新聞「インディアン・エク…

新人間革命 大山(32)|2017年2月8日

山本伸一とキッシンジャーは、庭を散策したあと、応接室で語り合った。 キッシンジャーは、自身の回想録が、間もなく発刊の予定であることを伝えた。 「ここに書かれた内容は外交政策についてであり、私の行ったことです。私の人生についてのものではありま…

新人間革命 第2巻のあらすじ(要旨)

新・人間革命 第2巻の各章ごとのあらすじ(要旨)は以下のとおり。 先駆 1960(昭和35)年5月3日の会長就任の日から、10月2日北南米の旅に出発するまでの5カ月間、伸一は全国を駆けめぐり、新支部の結成を行っていった。 7月17日には、実質的に初の海外…

新人間革命 大山(31)|2017年2月7日

創価学会は、日蓮大聖人の御遺命である広宣流布を成就するために出現した、地涌の菩薩の集いである。ゆえに、初代会長の牧口常三郎も、第二代会長の戸田城聖も、万人の幸福の実現に思いを馳せ、死身弘法の決意で、広宣流布の道を切り開いてきた。 われらもま…

新人間革命 大山(30)|2017年2月6日

神奈川文化会館の開館記念勤行会は、十四日、昼夜二回にわたって、同志の喜びのなか盛大に行われた。山本伸一は、いずれの勤行会にも出席し、これまでの皆の労苦に最大の感謝の意を込め、全力で励ましを送った。 席上、彼は、初めて神奈川県横浜市の座談会に…

新人間革命 大山(29)|2017年2月4日

迎賓館で鄧穎超と会見した翌日の四月十三日午後、山本伸一は、東京・新宿区内で、松下電器産業(後のパナソニック)の創業者である松下幸之助と懇談した。 深い交友を重ねてきた松下翁にも、会長を辞任する意向であることを伝えておかなくてはと思った。 「…

新人間革命 第1巻のあらすじ(要旨)

新・人間革命 第1巻の各章ごとのあらすじ(要旨)は以下のとおり。 【旭日】 1960(昭和35)年10月2日、伸一は、「君の本当の舞台は世界だよ」との師の遺訓を胸に、北南米へ出発。 平和旅の第一歩は、太平洋戦争の火蓋(ひぶた)が切られたハワイの地にしる…

新人間革命 大山(28)|2017年2月3日

山本伸一は当初、一九八九年(平成元年)九月に中国を訪問し、建国四十周年の関連行事に出席する予定であった。しかし、諸情勢から延期を余儀なくされた。彼は代理を立て、鄧穎超あてに、明春には必ず訪問する旨の伝言を託した。また、周夫妻の等身大の肖像…

新人間革命 大山(27)|2017年2月2日

鄧穎超は、念を押すように言った。 「一歩も引いてはいけません!」 彼女の顔に笑みが戻った。 「前も敵、後ろも敵」という断崖絶壁のなかで、何十年もの間、戦い続けてきた人の言は重たかった。進退は自分が決めることではあるが、山本伸一にとっては、真心…

新人間革命 大山(26)|2017年2月1日

山本伸一は、一冊のアルバムを用意していた。そこには、故・周恩来総理の日本への思いに応えたいと創価大学に植えた「周桜」、全青連の青年たちと記念植樹した周恩来桜と鄧穎超桜の「周夫婦桜」、創価大学に学ぶ中国人留学生の写真などが収められていた。 伸…

新人間革命 大山(25)|2017年1月31日

山本伸一が中国の留学生と友誼の糸を紡いだ前日の四月八日、故・周恩来総理の夫人で、中国の全国人民代表大会(略称・全人代)常務委員会副委員長である鄧穎超が来日した。彼女は衆参両院議長の招待で、全人代代表団の団長として日本を訪問したのである。 九…

新人間革命 大山(24)|2017年1月30日

山本伸一は、中国の留学生たちに言った。 「皆さんの入学を記念して、一緒に写真を撮りましょう」 彼は、四人の留学生、引率してきた在日中国大使館の関係者と共にカメラに納まった。そして、皆と握手を交わし、語らいながら歩き始めた。 「これからは、ここ…

新人間革命 大山(23)|2017年1月28日

四月九日は、創価大学の第九回入学式であった。快晴の空のもと、正午から始まった式典に出席した創立者・山本伸一は、人生における学問の意味に触れ、“謙虚な学問探究の姿勢を貫いて、悔いなき四年間を”とスピーチし、若き知性の前途を祝福した。 そのなかで…

新人間革命 大山(22)|2017年1月27日

山本伸一は、全青連代表団の団長を務めた高占祥より七歳年長であった。伸一は彼を“若き友人”として尊敬し、日本で結ばれた二人の友情は色あせることはなかった。 日中国交正常化二十周年にあたる一九九二年(平成四年)の錦秋、伸一は第八次訪中を果たす。そ…

新人間革命 大山(21)|2017年1月26日

山本伸一は、先頭に立って、全青連のメンバーを案内した。 「周桜」から数十メートルほどのところに植えられた、二本の桜の前に土が盛ってあった。木の高さは四メートルほどあり、淡いピンクの花をつけていた。向かって左側が「周恩来桜」、右側が「鄧穎超桜…

新人間革命 大山(20)|2017年1月25日

「你好(こんにちは)! ようこそいらっしゃいました!」 山本伸一は両手を広げ、人民服に身を包んだ全青連代表団の高占祥団長の肩を抱き、そしてメンバー一人ひとりと握手を交わした。 「私たちは、中日友好の橋を架けてくださった山本先生とお会いできるこ…